美術モデル雑記帳
「美術モデル」や「クロッキー」に関することを思いつくままに書いていきます。
1.初めてのクロッキー
学校の図書室や、家にある百科事典や美術全集には必ず「裸婦」を描いた絵画があった。自分はなぜ「裸婦」が描かれるのかわからず、周囲の大人にどうして「裸」が描かれるのか訊いたのだが、「美しいからだよ」という言葉には何か釈然としないのもがあった。
プロフィールでも書いたように初めてのクロッキーは1976年、16歳の夏(まだ15歳だったかもしれない。)都内の某研究所のことだった。それ以前、絵画技法書で裸婦をクロッキーすることは知っていたものの実際にそういった会場に出かけることは勇気のいったことであった。確か5〜600円の料金を払って会場に入った。モデルはさほど若くなかったような感じだったが、休憩着を脱いでポーズした瞬間、衝撃波が走った。「世の中、こんなきれいなものがあったのかっ!」やっと以前の「美しいから裸を描くのだ」という言葉が理解できたのである。各人「美術モデル」との初遭遇はいろいろだと思うがその時が私の原体験として焼き付いている。モデル当人は覚えている由もないが、今でもその肌の白さ、モデルの顔つきは今でも忘れることができない。私の「永遠のモデル」といえよう。
(2000.2.13記)
2.様々なクロッキー会(1)
クロッキーが開催される会場は研究所、予備校、カルチャースクール等いろいろある。1回のクロッキー会は休憩時間を入れて2時間半から3時間。公開されている研究所では、会員でなくてもその都度チケットを買えばクロッキー会に参加できる。美術雑誌にも広告があり、誰でも気軽に参加できる。予備校のクロッキー教室は、学生達の真摯な姿が印象的である。描くスタイルは講師の指導があるのか、だいたい一様である。カルチャースクールは真剣に勉強する人がいる反面、おしゃべりに来ているのかわからないようなおばさんがいたりして、モデルに評判が悪いところがある。講師もやめられると困るのであまり厳しくしていないようだ。地方の会場は、たまにの開催なので参加する人も気合いが入っている。たまに写真スタジオなど、絵画になれていない会場ではサービスのつもりか、音楽を流しているところがあるが、私は気が散って絵にならなかった。やはり絵は静寂の中、筆の音だけするようなところが私は好きである。(2000.2.17記)
3.様々なクロッキー会(2)
専属のモデルが、ムーヴィングを行うクロッキー会があった。真っ暗な部屋で、一方向からの照明だけで浮かび上がるモデル像を描いた。モデルにイメージさせるためにいろいろなジャンルの音楽をかけたが、私にとっては気が散ってやりにくかった。また、移動するモデルをすぐに描かずに、視覚に残った残像を頼りに描くトレーニングをしている会場もあった。また好みのモデルを指名して、好きなポーズで描いたり、リクエストポーズといって描き手がポーズを指示できる時間をもうけているクロッキー会(ここは参加者の名前を小学校のようにゴム印にしてしまって妙だった)があったが、複数の描き手が要求するイメージやモデルの意志がうまくマッチせずうまくいかなかったようだ。このように特徴を強く出した会場は、ことごとく頓挫している。やはり平凡な設定の会場が描き手の最大公約数のニーズをとらえているようで長続きしている。(2000.2.23記)
4.様々な描き手
別に頼まれたわけではないのだが、クロッキー会に欠かさず参加して会場を取り仕切ったり、タイマーの係をやったりする「会場のヌシ」の方がいらっしゃる。いつも決まった場所で描いていて、知らない人が先に来てそこにいたりすると、非常に嫌な顔をする。また、これも頼まれたわけではないようだが、早く会場にやってきて、椅子を並べたり、モデル台の準備をしたりする人がいる。込み合う会場では、1時間も前から場所取りをしている人がいて、ずいぶん熱心なものだと感心もする。
(2000.2.29記)
5.休憩中のモデル
5分か10分の休憩時間にはくつろぐモデルさんの姿が見られる。ストレッチする人、モデル台で横になって休む人、一心に本を読む人、語学の練習をする人、タバコを吸う人、中には更衣室やカーテンの向こうに行ってしまう方もいる。ポーズ中は視線に晒され、せめて休憩時間だけでも視線から逃れたいのであろう。休憩着も様々である。バスタオル、ブラウス、Tシャツ、ガウン等のシンプルなものから、手製の休憩着までいろいろなものがある。休憩着一つを見てもモデルさんのこだわりが現れ実に興味深い。(2000.3.9記)
6.インターネットと美術モデル
美術モデルについてネット上以外の世界ではわからないことが多く、直接的な資料では美術モデルの著書「あるモデルの自画像」しかなかった。
ところがネット上では、先ず「Yahoo BBS 」を入り口として作家、モデルなど様々な人を知ることができ、長くいだいてきた疑問点を次々と氷解させてくれた。インターネットを通じて知り合った作家、モデル、友人達は如何ほどになるだろうか。掲示版上のやりとりから始まって、メール交換、ついには自分自身のサイトを開くという展開にもなって、回線の向こうの広大な世界の広がりは予想以上のものだった。入り口となった「Yahoo
BBS」の「美術モデル」のトピックはついに消滅したが、ここでお付き合いくださったモデルさん、描き手の皆さん、本当にありがとうございました。(2000.3.18記)
7.モデルの体型
モデルにも様々な体型が見られる。身長は140p台から170p台まで様々ではあるが、小柄なモデルであってもポーズ中は、大変大きく見える。骨格標本のような痩せたモデルは、四肢を引きつけたり身体を折り曲げたりのポーズが比較的自由にできる。肉付きのいいモデルを好む描き手は多く、美術モデルが太ることはよいことであって、ファッションモデルと対照的である。先頃描いたモデルさんは5年前に描いたことのあったモデルさんだったが、5年前と較べ、大変ふくよかな体型になっていて、美術モデルにふさわしい体型だと感じた。美術モデルにおいては当人も美術の方ではこの体型が評判がいいということ、ふくよかな体型が財産であるということも言っていた。様々な体型のモデルであるが、自己の身体の特長を生かしたポーズのできるモデルは体型以上の素晴らしい財産を持っている。(2000.3.27記)
8.ポーズ時間
プロのモデルの場合、20分ポーズを間に10分の休憩を入れて6回で1単位ということで依頼するが、油彩やデッサン、彫刻などの固定ポーズでは20分同じポーズをずっと続ける。それを1日以上、時には彫刻などの場合、数週間から数ヶ月連続するという。クロッキーではポーズ時間は最大でも20分までで、以下10分、5分、2分などとあるが、その時間にふさわしいポーズをしてほしいと思う。短時間のクロッキーなのに固定ポーズのようなポーズが続くと、描く意欲も低下する。ポーズ時間に反比例してポーズのヴァリエーションは増加するのである。ほかにムーヴィング(モデルにゆっくりとずっと動いてもらって、その過程を写し取る。)があるが、これはモデルが相当に熟練していないと難しい。もちろん、描き手にとっても。それから、ポーズをモデルの任意の時間(2分程度)止めてもらってクロッキーするフリーポーズというのもある。(2000.4.7記)
9.タイマー
クロッキー会で以前は時計係が自分の腕時計を見てモデルさんに「始めてください」「ポーズ変えてください」などと時間を知らせていたが、今はデジタル式のタイマーができて、それを使うことがほとんどになっている。会場備え付けのものもあるが、モデルさんが持参していることも多い。休憩着、印鑑と共にモデルさん必携のアイテムかもしれない。ところが某会場ではダイヤル式のタイマーで、回し方によって微妙に時間が狂ってくる。2分ポーズなどは20秒ほど短いのだが、会場の人は全く無頓着であった。2分ポーズでは5秒短くても困るというのに。
タイマーは便利だが味気ない。以前の声がけも何かモデルさんと人間同士のやりとりがあったような感じで、なつかしい。2分ポーズ10回などモデルさんは正確に回数を数えている。さすがと思って感心する。(2000.4.14記)
10.ポーズの設定
研究所などの会場の場合、クロッキーのポーズはモデルさんにおまかせのところがほとんどだ。ポーズ時間にふさわしいポーズを積極的にとるモデルさんだといいのだが、あまり興のわかないポーズでも黙々と描くしかない時は苦痛でならない。
自分は単独で描く場合、すべてポーズをつけているが、会場ではそういうわけにいかない。で、最近は会場でのクロッキーはすっかり遠ざかってしまった。
以前リクエストポーズなどといってポーズがリクエストできる時間を設定した会場もあったが、気心の知れた仲間内だったらいざ知らず、ニーズの異なる描き手ではうまくいくはずがない。設定自体はユニークでよかったのだが、その会場自体もいつの間にかなくなってしまった。
(2000.4.22記)
11.トラブル
ポーズ中のトラブルについてはいろいろな場面に遭遇してきているが、モデルさんが貧血だろうか、突然ポーズ台から落下してきたときはびっくりした。その後、ポーズは続けることができたが、座りポーズや寝ポーズのポーズ中心で、すぐには立ちポーズはできなかった。
きついポーズをとってしまって、ポーズ途中で筋肉がブルブルと震えてしまったモデルさんがいたが、最後までやめずに頑張った。私にはモデルさんの気迫が伝わってきた。きついポーズでもモデルさんは最後まで頑張ってくれた。
また、冷暖房完備の公共施設で晩秋や早春の時期に暖房が入らず、モデルさんにとって非常に寒かったことがあった。主催者は電気ストーブや、ホットカーペットで暖めようとしたが、容量オーバーでブレーカーが落ちてしまって大変な様子であった。
数年前の冷夏の時は、7月というのに暖房を使ったときもあった。
モデルさんによれば、かえって真冬の方が暖房については安心できるそうだ。(2000.5.9記)
12.男性モデル
男性モデルを使った作品は、彫塑で見かけることもあるが、非常に少ない。需要としても、特定の作家、研究所、大学で使うくらいで、一般的ではない。
従って、男性モデルは需要が少なく「美術モデル紹介所」の登録人数も非常に少ない。私が実際に描いたプロの男性モデルも2,3の例だったと思う。
印象的だったプロの男性モデルは普段は舞踏をしている方で、短い時間のクロッキーやムーヴィングを得意としていて、無限ともいえるくらいのポーズのヴァリエーションをもち、独自のイメージでポーズを展開していくのを見て私は非常に感心した。体型の管理に相当に神経を使っていて、油断するとすぐに崩れるというとのことだった。数少ないプロの男性モデルはそれぞれに高いモチベーション、強いポリシーをもってプロとしての仕事に臨んでいる。(2000.5.21記)
13.表現の意図
ある掲示板で私のクロッキーの「表現の意図」についてのお尋ねがありました。ここで手短にお答えします。
『クロッキーを見て様々な見方、感じ方があるのは当然のことと思います。
「制作の意図」について手短に言い表すことは難しいのですが、端的に言って、人体が表現する無数のフォルムの美しさ、雰囲気、表情を見て受けた感動を率直にそして素早く表現しています。
対象が生きた人間ですから、生命感を表出することも大切です。
そして、描いた作品を再び見ていると知らず知らずのうちにモデルさんの姿を通じて自己の精神がクロッキーに投影されていたということに気づかされます。単なる人体の説明図ではありません。』
手短に言うと以上のようなことですが、このサイトの他の項目・・・「クロッキー日記」「文献についての私見」からも読みとっていただけると有り難いと思います。
(2000.5.25記)
14.コスチュームモデル
美術モデル紹介所ではコスチュームのモデルも登録されている。コスチュームモデルは、身内でもできるので、需要は少ない。モデルも容貌良く衣装も持っていなくてはならないので、ヌードよりも大変と聞いた。モデル料はヌードより1割ほど安いが、衣装のクリーニング代が4000円かかるので却って割高になってしまう。いずれにしろ、モデルとして登録するのも、仕事の需要の点からも大変なのである。
ところで、私の所に来た女性のモデルさんで過去に「手」のモデルをやっていた方がいた。宣材の撮影などで、モデルの登録だけで7万円もかかったそうである。これで仕事が入らなかったら大変なことである。(2000.6.3.記)
15.小道具
モデルさんの身体以外のものを小道具とすれば、椅子や、敷物も小道具の内なのだろうが、様々なクロッキー会に参加しているといろいろな小道具が出てくる。
「紙風船」を手に持つ。「棒」で身体を支えたりひねりを補助する。「紐」や「フラフープ」などなど。
こういったものを使うことによってポーズに一段と動きのつくことがある。
中にはモデルさん自身が布を持参して使っていたが、使いすぎると体の線が隠れてしまい、私としてはあまりいい成果が得られなかった。
私はポーズのヴァリエーションを増やすため、身体の補助になるような道具を工夫している。 (2000.9.13記)
16.クロッキーとポーズ時間、そして制作時間
クロッキーのポーズ時間は会場によって20分〜1分と様々な設定がある。私に適しているのは2、3分程度のポーズ時間。
もっと長い時間クロッキーできるならじっくり描けるからいい作品ができるかといえば、私の場合当たっていない。
仮に同じポーズを長い時間描いたとしても、線の勢いはなくなり、余計なものを描き込みすぎ、生きたクロッキーでなくなってしまう。
また、気に入った作品はポーズ数の真ん中から後半にかけて集中することが多い。
描き始めは毎回のように線に「生命」がない。
私は、試みに3時間以上クロッキーしてみた。しかし、3時間過ぎたところで集中力がとぎれてしまいうまくいかなかった。
以来、私は1回のクロッキーは3時間までと決めている。
(2000.9.25記)
17.様々な活動
「美術モデル紹介所」からのモデルさんは、モデル業の他に様々の活動をしている。多いのは演劇。公演や練習のスケジュールの合間を縫って美術モデルの仕事をしている。
他には舞踏。モダンダンス、クラシックバレエ、フラメンコやインド舞踊の踊り手とジャンルは様々である。美大生や、美大卒業生もモデルをしながら造形活動をしている人が多い。自分の身体を使って表現できる人はモデルの仕事にも長けている。
(2000.10.4記)
18.業界とインターネット
日本の美術モデル業界はまだインターネットはほとんど取り入れておらず、専ら従来の電話と手作業によって業務を行っている。
一方、ネット先進国アメリカでは、モデルエージェンシー、モデル個人それぞれにHPを開設している。モデル求人、仕事探しの専用掲示版も盛んである。
興味深いのはアメリカやドイツのモデルエージェンシーではモデルのプロフィールで身長やスリーサイズの他に肌や髪の毛、目の色まで詳細に記述されていることである。そのようなことに特に違いのない日本では例のないことである。
またモデル業のノウハウもネット上で公開されている。我が国もインターネットが急速に普及している。近い将来、モデル業界もそういった方向に進むかもしれない。
(2000.10.8記)