モデルさんに聞く(33)〜Tさん

20歳代の時に職業美術モデルを3年間、その後十数年のブランクがあったが久々に私のクロッキーのモデルを務めてくださったTさん47歳。制作の後、モデルの経験や思いについてお聞きした。







職業美術モデルだった頃
「Tさんが以前美術モデルしていた頃の様子を教えてください。」
「美術モデルするのは十年ぶり以上です。20歳台の最後から3年ほど事務所で登録して仕事しました。その時の楽しかったことが忘れられずに今日のモデルを応募しました。
先日モデル事務所の近くを通ったので寄ってみたのですが、もうなくなってしまっていました。」
「事務所は引っ越しましたけど変わらずやっていますよ。」
「懐かしいですね、社長さんもお元気なのでしょうか。社長さんが褒めるの上手で若い子がモデル希望で来ると『あなたみたいなキレイな人は』とか『美人さんですものね』とか褒めて送り出すんです。
モデルやっていたときは仙台に出張とか、温泉に泊まり込みで描く会もありました。泊まり込みの会ではしこたま食べさせられるんですよ、これを食べると肌のツヤが違う。とか言われて。
芸大のモデルもして、あのころの学生さんとも親しくさせていただいてます。芸大も取手校舎ができたばかりで古い校舎から抜け出せてみんな生き生きとしていました。彫刻のように長期の仕事はありませんでしたけど、ムーヴィングとか面白かったです。
ポーズで使う麦わら帽子を満員電車の中でなくしてしまって、これがなくてはどうにもならないという事件もありました。ダブルブッキングでもう始まっているからすぐに行ってなんてのもありましたよ。フラメンコの衣装やチュチュを着たりしたこともあります、衣装は事務所のでした。
お医者さんのクロッキー会があったんですけど、お医者さんは激務の後なのでほとんど皆眠っているんです、でも仕事終わってから描こうというのはすごいなと思いました。
今は若い子が気軽にハダカになるから事務所はモデルをいっぱい抱えてるいるんじゃないかしら。」
「モデルは多いですけど、仕事の絶対数は減ってますね。人体を描く会も高齢者ばかりだし。行く末が心配です。Tさんがモデルしていた頃はバブルでいちばん仕事が多かった時代ですね。」
「モデルはほとんど毎日やっていました。時には一日3本やったこともあります、あの頃は皆そうじゃなかったのかな。」

気がついたら事務所に
「Tさんがモデルを始めた動機を話していただけますか?」
「私はパートの保育士をしていたんですけど、身体壊してしまって保育士の収入だけでは・・というので美術モデルに登録しました。私は暗黒舞踏のワークショップに出入りしていたんですけど、そこにはモデルさんが結構いたんですね。そして気がついたら事務所にいたんです。その場で採用していただいて、仕事は楽しかったです。ハダカになるのも違和感はありませんでした。相性が良かったんですね、保育士はやめました。あの頃は家にいるとダメなやつだ、ダメなやつだとずっと言われ続けてたんですけど、モデルすると描き手が自分の中にある美しいものを投影して描いてくださるので救いだったんです。夫にはハダカになって何が面白いのかって言われましたけど。でも最初はヌードだっていうのは黙っていたんですよ。でもやっぱりバレちゃって。」
「パートナーの理解っていうのは難しい問題ですね。」
「独身でモデルやっている人ってすごく誇りがあるんだと思いますよ。
私はその頃美術モデルの仕事がとても楽しかったのですけど、あまり楽しいわって人に言えない仕事ですよね、でもダンナがいると美術モデルやっているって大っぴらに言えるんです。ダンナを助けるためって理由づけができますから。周りもダンナさんの為にハダカになってるってとってくれるじゃないですか。」

生のモデルを描くのは永遠に有効
「今日は久々のモデルでしたけど、いかがでしたか?」
「ポーズ中は次のポーズのことで頭の中真っ白でした。自分のポーズは鏡の前で練習してつくったストックがあるんですけど、今日みたいのだとそれも尽きてしまいますね。
先生のHPを読むと芸術にとって生のモデルを描くことは永遠に有効だということがわかりますね。作品の画像だけでなくモデルさんのとの出会いについて書いていらっしゃるのは珍しいと思います。」

自分があるということだけに賭けて
「Tさんがモデルをする魅力は何でしょうか?」
「流されて消去法でまたここに来ちゃったっていう感じです。整形外科のリハビリ助手とかエスティシャンとかやってたんですけど、エステサロンのオーナーにこう言われたんです。『こんなところにいるんじゃない。もっと宗教とか芸術の勉強したらどう?合わないことをするのってものすごくエネルギーを消耗するんだよ』って。組織で全体を見回しながら動くのってやっぱりダメだったみたいです。一生懸命に堅気に戻りたくってやったんですけど。今日ポーズしながら思い出しましたね、やはり美術モデルは「天職」だって。
前はもっと安んじてポーズしていました。自分があるということだけに賭けて、自分がいるっていうことが大事で。いるんだ・いるんだ・いるんだ・いるんだっていう感じで。だんだん意識が深まってきて身体にエネルギーが充填される感じになって。一瞬一瞬で立つというのが。でも今日はそこまで行けませんでした、次何やろうか、何やろうかで。
もし今固定ポーズをやらされたらアロマテラピーの勉強をしているので、検定試験の問題をポーズ中ずっと反芻しちゃうでしょうね。私がそうやって考え事をしながらポーズしている時とそこにある存在だけでポーズしている時ではモデルとしての見え方は違うんでしょうか?自分でも描いてみたいですね。」

モデルする喜び
「十数年前モデルやっていた時は、家庭生活が苦しい時期があって立っているだけで精一杯ということがあったんですけど、主婦の絵画同好会のようなところでモデルしたとき、その主婦の人たちが『あなたを描いていると心が暖かくなる』と言って取り囲んで私を抱きしめてくれたことがあったんです。あの時は極限状態でただ立っていただけなんですけど、私は輝いていたんだろうなと思います。それを見る人は分かるんだろうなと思いました。モデルやる喜び、女冥利に尽きます。」

自己愛を回復させようと
「Tさんはきっと自分の身体が好きなのでしょうね。」
「そう言い切れればいいんですけど、もしそうだったらモデルなんかやってないと思います。他のモデルも自己愛の薄い人が多かったかなぁ。逆に自己愛を回復させようとする人が多かったと思います。〜お前はあの女の子供だからと言われて育ったとか、自分をキレイだとか大切だとか感じないとか。」
「私のモデルをしてくれる人で身体にコンプレックスを持っている人の方がいい表現をしてくれる、コンプレックスのある部分の方がキレイなんです。」

ハダカという衣装を纏って
「自分自身をある部分モノと思ってないと身体を人に晒すところまではいかないかもしれませんね。私の場合はハダカという服を着ているという感覚ですね。皆さんはどうなんでしょう?コスチュームの仕事と変わりません。内面を晒け出すっていう意識はないんです。だから最初から裸でポーズ取るのは違和感なく平気だったんです。だからダンナにおかしいんじゃないの?って言われたんです(笑)。羞恥心のないのが羞恥心になりました(笑)。慎みとか恥じらいを持っている人は高貴な人に見えます。それは生まれつきかもしれないです。プライドはあるけど慎みとか恥じらいとかと違うんです。」
「裸でモデルするのは恥ずかしくないけど、裸で温泉に入るのは恥ずかしいと言っていたモデルさんもいましたね。」
「それはモデルするときは”ハダカという衣装”になっているんですね。でも男性から見たらいわゆる恥じらいのある女性の方が素敵に見えるでしょうね。」
「場面によるのでしょうね。街であまりにアケスケなのも見たくないですし、モデルするときに恥ずかしくて隠しているのも何やってるのって思いますし。」

瑞々しさの理由
「今日のTさんの身体はとても瑞々しく見えたんですけど、何か心がけていることはあるのですか?」
「自分を何かの原型(アーキタイプ)と一体化していると肉体もそれに引きずられるらしいですよ。例えば氷の処女とか永遠の少年とか、自分自身のイメージがそういうものだとその人はとても若いのだとか。私もそういう理由で若いのじゃないかな。自分が若いというイメージを私は持たざるを得ないのです。私はすごく母に愛されていたので娘を抜け出せないのだと、自分は歳とってもそうなんじゃないかなって予感はありました。お金かけるよりもイメージ持つ方が安上がりですよ。モデルさんて、娼婦とか淑女とか地母神とか、いろんな女の原型に自分を見立ててそれを武器にしているんだと思います。」

いろんなモデルさんたち
「日常から抜け出す浮力がある人が多いのかしらモデルさんは。私がやってた頃は浮世離れしたモデルさんが多かったですね。ヒラヒラの服着てバイクに跨って『またねー、お疲れ様』って帰っていく姿見て「ステキー」って思いました。あの人たちに比べたら私なんて堅気だなって思いました。
あと某思想家クラブに入っているモデルが多かったですね。芸大の受験のモデルは、モデルが倒れてもすぐに代われるように控えのモデルがいて、他のモデルがポーズしていても控えモデルはお菓子食べて遊んでいるんです。給料は同じですよ。くじ引きで控えを決めるんですけど、いつもそのクラブの子達は控えのくじを当てるんです。運が良くて幸せそうなんです。その子たちと一緒にいるとツキが回ってきそうでした。
時間の感覚は今でも残っています。今でも20分経ったって分かります。それはみんなにビックリされますね。」

ポーズについて
「ポーズはどのようにして考えるのですか?」
「今日は身体が覚えているポーズをつなげたって感じですね。私は同僚から何でそんな無理なポーズするの?って言われてました。鏡を見てこれキレイかなっていうポーズをやってました。私は肉付きも良くないし考えたポーズが多かったです。ある時ポーズをカッコよく見せたくて、バレエのようなポーズしたら関節が耐えられなくなって・・最初はできるかなって思ったんですけど長時間はダメだっていうことがだんだんわかってきて後の祭り、崩れちゃって描いている人には悪いことしました。
そうそう、中宮寺の弥勒菩薩のポーズが好きな人が多くて、あのポーズのお陰で膝の関節がおかしくなりました。(笑)
外でモデルしたこともあります。良く覚えてないのですけど芝生の上で服を脱いだという覚えがあります。」

ポーズを再現するには
「それぞれのポーズに固有の感情体験があるということを経験しました。太古の人たちはそれぞれの動作に神様の名前をつけていたというんですけど、それが少しわかりました。固定ポーズしていたとき、先週と同じポーズを再現しなくてはならなかったんですけど、そのとっていたポーズを忘れてしまったんです。あれこれ思い出していた時にその動きに付随していた心のあり方感情を思い出したら手足の位置・重心がわかって、先週と同じポーズに辿り着けたということがありました。」

私を見る人が多くなった
「モデルを始めたら自分の身体に人の視線を惹きつけるようになりました。人に見られるように自分をカラにしたのかとも思います。人が遠くにいても見ているのがわかります。ルックスだってそんなでもないのに何で見ているの?って。見ている人が増えました。それを考えると見られる身体になったんだ思います。見栄えが良くなったというのではなく、視線を吸い込むブラックホールみたいになったんだなぁって。人に見られたいと思ったら美術モデルをやれば自然に人は見るようになると思います。」

美術モデルを思い出して
「モデルをまたしたいと思ったのは先生のHPを見てからです。何やってもやってけないなと思ったので、前やっていた美術モデルをやったらいけるんじゃないかなと思ったんです。いいタイミングでしたね。20歳代を過ぎて容姿を売り物にするのは甘えていることだと読んだことがあるんですけど、今日でその気持ち・意識は変わりました。」
「今日は素敵でした。美術モデルとしての再出発、期待しています。頑張ってください。」


久々の美術モデルで、自分の天職を再認識したTさん、美術モデル復帰後も長く素敵な仕事をしてほしいなと思いました。



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